地球温暖化に伴う自然災害に備えたり、農産物・生態系への被害、人の健康への悪影響を減らしたりする環境ビジネスが熱を帯びてきた。
政府は今夏、温暖化による影響への低減策を盛り込んだ「適応計画」を策定する運びで、これを先取りする動きが相次いでいる。
企業の温暖化対策は省エネや技術革新を通じた従来型の温室効果ガス削減から、温暖化の影響を和らげる「適応ビジネス」へと裾野を広げている。
中央環境審議会(環境相の諮問機関)は今年3月、適応計画のベースとなる、気候変動による影響について報告書をまとめた。
56の影響項目のうち緊急性が高く、かつ重大なものは、洪水・高潮、コメ・果樹の不作、熱中症や死亡リスク、(動植物の)分布・個体群の変動など22項目に上る。
「適応計画では、各影響項目に対して解決手法を示す」(環境省地球環境局の竹本明生研究調査室長)という。
死者74人を出した2014年8月の広島土砂災害などの激甚災害や小規模災害の発生件数は同年、3年ぶりに1,000件の大台を超えた。
温暖化がもたらす自然災害への対応では、民間企業の適応ビジネスが先行して走り出している。
NECは、土の水分量から斜面崩壊の危険度を瞬時に高精度解析する技術を開発した。
従来は、水圧、土砂重量・粘着力・摩擦ごとに専用センサーが必要だった。
しかし、新技術では、水分計センサーのみで危険度を把握できる。
実証試験では危険判定した10~40分後に表層崩壊を確認した。
「土砂崩壊発生前から緊急避難を促せることが分かった。2015年度中の実用化を目指し、自治体など向けに販売する」(消防・防災ソリューション事業部)
頻発するゲリラ豪雨など、都市型洪水対策も喫緊の課題だ。
東芝が開発した「雨水排水システム」は、下水処理場で円滑な排水を可能にするものだ。
地上雨量計とレーダー雨量計を組み合わせて集中豪雨を予想。
下水道への雨水流入量をリアルタイムで予測し、排水の要となる雨水・排水ポンプの効率運転を支援する。
「急増した排水が地上にあふれ出すリスクを低減する効果がある」(水・環境システム事業部)という。
洪水リスクの評価では、損保ジャパン日本興亜が、京都大防災研究所と共同開発した評価手法の精度について、5月から大幅に上げた。
評価対象の河川を従来の三大都市圏7水系から全国109水系へ一挙に拡大。
同時に、複数の降雨シナリオに基づき浸水状況を予測できるようにした。
「料率の設定など商品開発に生かすほか、リスクコンサルサービスの中で展開する」(損保ジャパン日本興亜リスクマネジメントのCSR・環境事業部)計画だ。
一方、異常気象などで収穫量が左右されるのが農業分野。
富士通が開発した農業支援システムは、過去3年で累計300農家・法人へ納入した。
2014年度実績は前年度比50%増と躍進中だ。
農場で気温、湿度、降水量をリアルタイムで監視し、菌が繁殖しやすい高温多湿の状況の予測を支援する。
「年々蓄積される記録データも併用し、生産・販売・経営の一体的な支援まで可能にしたのが強み」(Akisaiビジネス部)という。
農産物ではコメの品種改良が進む。
粒が白濁化する高温障害を避けるため、国立研究開発法人の農業・食品産業技術総合研究機構が、改良品種を九州・沖縄と中四国地域で相次ぎ開発した。
従来品種との性能比較では「同条件下で、白濁の割合を3分の1に低減した」(同機構研究員)。
広島産の新ブランド「恋の予感」は、2014年末から、JA全農ひろしまが販売開始、作付面積を2017年度には現在の20倍の2000ヘクタールに広げる。
温暖化は有害鳥獣の生存率も上げる。
食害で森林破壊するニホンジカの頭数は、2012年度末で249万頭(環境省推計値)。
二十余年で8倍と激増する中、綜合警備保障(ALSOK)は、シカを含む有害鳥獣の捕獲支援事業を展開する。
わなの作動時に管理者にメール送信し、見回りの労力を低減するもので、2014年度は約50台を販売。
「関東地域では、捕獲動物の食肉加工会社への運搬受託代行を試験的に始めた」(営業推進部GS営業室)
2014年8月、約70年ぶりに国内感染者が出たデング熱。
熱帯・亜熱帯地方の蚊が媒介するこの感染症リスクがぬぐいきれない中、繊維商社の帝人フロンティアは、アース製薬と共同開発した、防虫加工の合成繊維素材「スコーロン」の夏衣料向け供給量を前年同期比3倍と見込む。
「スコーロンは従来アウトドアウエアの素材として使われてきたが、今夏は一般のレディースウエアまで広がる」(帝人コーポレートコミュニケーション部)という。
多様な適応ビジネスが立ち上がる中で、企業の意識はどうか。
損保ジャパン日本興亜リスクマネジメントの2014年度調査に回答した上場332社の環境経営の分析結果によると、「適応を進めるうえでの課題」では、615の複数回答のうち、トップが「予算やマンパワー不足」(144)、次いで「情報・ノウハウ・技術・知見の不足」(141)、「影響の不確実性が高く、取り組みの優先度が低い」(108)と続いた。
この結果について、同社CSR・環境事業部の横山天宗・主任コンサルタントは「災害が多い日本では、防災対策や事業継続計画(BCP)が進み、適応は浸透していない。従来のソリューション(問題解決)強化の中での対応になっているのでは」と分析する。
エネルギー・環境が専門の日本総合研究所の佐々木努・総合研究部門マネジャーも「企業の適応は、まだCSR(企業の社会的責任)の取り組みの中でひもづけられている段階」とみる。
ただ、今後の見通しについては「機関投資家から『温暖化の影響はビジネスリスク』との要求が強まっており、中長期的には、適応ビジネスの発信が重要」と、株式市場からの“外圧”の存在を指摘する。
政府が今夏、適応計画を策定すると、地方自治体は任意ではあるが、都道府県レベルで適応計画の策定に動く。
環境省の竹本室長は「政策と予算に裏付けられた国、地方の動きは、やがて民間へ波及し、適応ビジネスを加速させるはず」と期待を込める。
【松田宗弘】
産経新聞より