「取りあえずビールで」から「まずは地酒で」へと、青森県黒石市内の宴会風景が大きく様変わりしつつある。
きっかけは、同市が昨年10月に施行した青森県内初の「地酒による乾杯を推奨する条例」だ。
施行後、初めて迎えた忘・新年会シーズンは、地酒で乾杯する場面が一気に増え、同条例の浸透ぶりをうかがわせる。
それとともに「宴会での地酒の消費量が目に見えて増えた」と波及効果を指摘する声も。
地酒振興に加え、造り酒屋2軒が立地する市中心街の活性化や、地産地消 の推進にもつながればと、期待が膨らんでいる。
「今や宴会の8、9割は地酒での乾杯。1年前はビールがほとんどだったが、ちょうど逆になった感じ」と話すのは、黒石市乙徳兵衛町にあるグリーンパレス松安閣の伊藤忠志代表取締役。
松安閣は、市内の各種団体や企業の会合に使われることが多い。
「お客さんの方から事前に『乾杯酒は地酒で』と指定してくる。やはり条例のことをみんな理 解しているのだろう」と伊藤さん。
地酒で乾杯するためか、乾杯の後も地酒を注文する人が以前より多いといい、忘・新年会シーズンを通じた地酒の消費量は「以前より3、4割は増えているのでは」とみる。
同市袋井2丁目の老舗料亭・富士見館の大舘むつ子代表取締役も「1年前に比べると地酒で乾杯する会合がかなり多くなった」と話し、条例の効果を実感している。
地酒を含めた日本酒全般の消費も好調で「1杯目が呼び水になって、そのまま日本酒を注文する人が増えた。日本酒の売り上げは4割増しぐらいにはなっているかも」と話す。
ただ、同市の飲食店が“地酒一色”になったというわけでもない。
市内で居酒屋を営む男性(60)は従来、「市民は晩酌で地酒を飲んでいるから」との理由で、店に地酒を置くことはほとんどない。条例施行後も「酒を飲めない人もいるし、それぞれが好きな酒で自由に乾杯すればいい。何も条例で地酒を勧めなくてもいいのでは」と、距離を置いている。
それでも、県内初の条例とあって市民の関心は全般的に高く、造り酒屋の関係者からは「注目されるのは励みになる」との声が上がる。
同市には1806(文化3)年創業の鳴海醸造店、1913(大正2)年創業の中村亀吉と、同市中心部の中町に2軒の造り酒屋がある。
共に、藩政期のアーケード状の通路「こみせ」で知られるこみせ通りに面する。
今は新酒の仕込みの真っ最中だ。
1969年に結成された「黒石地酒をたしなむ会」の理事でもある鳴海醸造店の鳴海信宏社長は「条例によって地酒が注目されるのはありがたい。今まで以上にいい酒を造っていきたい」と決意を新たにする。
同条例は、黒石ならではの景観である「こみせ」への市民の関心を高めるほか、伝統文化の継承や地元産品の愛用につなげる狙いもある。
条例制定を提唱した高樋憲市長は「条例への市民の意識が深まり、少しずつ地酒振興にプラスになっている。市民の、ふるさとに対する愛着や誇りが深まっている感じがする」と手応えを強調している。
昨年7月に就任した高樋憲黒石市長が提唱し、市が同10月の定例市議会に提出、全会一致で可決された。
条例はあくまで努力を求める内容で罰則規定はない。
近年、地元の特産物を使う「乾杯条例」を制定する動きは全国的に広がっており、日本酒造組合中央会(東京)によると昨年12月25日現在、酒類のほか、牛乳やお茶などを含めて全国98の自治体が制定している。
東奥日報より