バキュームカーから出る強烈な臭いを甘いチョコレートのような香りに変える夢のような技術が開発された。「絶対無理」といわれた技術を共同開発したのはシキボウ、山本香料、凸版印刷、東邦車両の4社。
全国を走るバキュームカーは1万台。
今までは見ると思わず鼻をつまんだバキュームカーが、これからは深く息を吸い込みたくなる存在になる。
新技術のもとになったのはシキボウと山本香料が2011年に開発した消臭技術「デオマジック」。
シキボウの辻本裕開発技術部長によると、「高級な香水にジャコウネコの肛門の分泌物から取ったシベットが使われているように香水には糞便(ふんべん)臭の成分が入っている」のだという。
糞便臭を除いた香料をあらかじめ作っておき、糞便臭が加わったときにさらに良い香りに変えるのがデオマジックのメカニズムだ。
デオマジックは、介護用、おむつ用、ペット用、畜産用などの消臭剤として活用されているが、バキュームカー向けにまで進めたのが今回の新技術。
2014年に開発が始まったが、難航した。
タンクの排気口のフィルターに香料を染み込ませたが、強烈な臭いに太刀打ちできなかった。
「業者さんから『ほれ、見てみい。40年(くみ取りを)やっているが、消臭剤で効く物はなかった。絶対無理や』と言われた」(辻本部長)。
1年以上、四苦八苦した末に、飛び出したアイデアが、吸引するため作業時に使用する真空ポンプの潤滑油に香料を配合したらどうかというもの。
真空ポンプの回転熱で気化した香料の成分が配管を通じてバキュームタンクを循環する。
その間に糞便臭とブレンドされ、排気口から出る際はチョコレートやココナツのような甘い香りに変わる。
「実車実験して、くみ取り作業が始まると、窓を閉められ、ふとんや洗濯物は中に入れられるのに、気付かずに網戸を開けたままでした。洗濯物を干す人もいました」(辻本部長)。
アイデアを出したのは、バキュームカーを製造する東邦車両。
「4社が巡り合って奇跡的に生まれた商品」(辻本部長)が「デオマジックVC1オイル」だ。
し尿くみ取り、浄化槽の維持管理・清掃などを行っている会社で、実際にくみ取り作業に立ち会った。
VC1オイルを入れて2週間たったバキュームカー。
チョコレートのような甘い香りとまでは感じられなかったが、「普段ならとても立っていられない」(作業員の稲垣雅貴さん)という排気口のすぐ脇に立って鼻をクンクンしても平気だった。
かすかにいい香りがした。
【中嶋文明】
<バキュームカーの今>
◆現状
下水道の普及で都市部では急速に姿を消しているが、イベント開催時の仮設トイレ、地震など災害時には欠かせない(下水道普及率は全国平均77.8%。1位東京は99.5%、最も低い徳島は17.5%)。
全国で約1万5,000台が走り、うち、し尿処理に約1万台。
福島第1原発では汚染水処理で活躍中。
◆外観
タンクやホースをアルミパネルなどで囲い、普通のパネルトラックのような姿のものが増えている。
イメージを一新し、走行中は気付かれない。
◆仙台市
条例でアルコール類を下水道に流せないためプロ野球の優勝決定時、ビールかけ会場にはバキュームカーが待機。
ソフトバンクが仙台でリーグ優勝した10年、楽天が日本一となった13年、ビールかけ後にバキュームカーが活躍。
日刊スポーツより