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2012年04月30日

ルパン三世の町

根室半島の付け根、太平洋に面した北海道浜中町(はまなかちょう)は、霧多布(きりたっぷ)湿原など雄大な景観が魅力の自然あふれる町だ。

この町が今、漫画の「ルパン三世」で活性化を図っている

と言うと意外に思われるかもしれないが、作者のモンキー・パンチさんが浜中町の出身で、すでに「ルパン三世」のキャラクターが描かれた街灯が設置されているほか、4月からはルパン列車にルパンバス、ルパンタクシーも登場。

ほかにも何かないか、と銭形警部よろしく町内を探ってみると、ルパンも盗みたくなるようなすごいお宝に出くわした。

4月に入ったというのに、霧の町、浜中町は、雪交じりの冷たい風が吹き付けていた。
霧多布港に近い浜中町役場前で寒さに震えながらJR浜中駅行きのバスを待っていると、現れたのは真っ黒い車体にど派手なイラストが描かれたルパンバス。
「浜中町で待ってるぜ!」の文字も躍る。

「町内を走るくしろバス2台と霧多布中央ハイヤーのタクシー2台、それにJR花咲線の1車両にルパン三世のラッピングを施し、4月1日から運行しています。
ルパンの町を宣伝するのに一番目立つのは何だろうと考えて、まずはラッピングだと。
新年度からは、ほかにもどんどん事業を展開していく予定です」と、浜中町役場地域振興係の東海林(しょうじ)圭太さん(36)は説明する。

漫画「ルパン三世」の作者、モンキー・パンチ(本名・加藤一彦)さんは、以前から生まれ故郷の浜中町に対して強い愛着を持っていたが、具体的に交流が始まったのは10年ほど前からのことだ。
東京で浜中町出身者を集めて浜中会を作ろうという話が出て、浜中町商工会のメンバーがコンタクトを取るようになった。
「ルパン三世」誕生40周年の平成19年には浜中町でイベントを行う企画も持ち上がり、翌20年、モンキー・パンチさんを招いて漫画教室や講演会、浜中町を舞台にしたアニメ「ルパン三世 霧のエリューシヴ」の上映会などを開いた。

「そのとき、一回きりのイベントでいいの、という声があり、何らかの組織を作って形にしていこうという計画が持ち上がった。22年度からは、役場前の道路にルパン三世のキャラクターをあしらった街灯を設置したりしましたが、やっと動き出してきたというところでしょうか。町民には、今まで何をやってたの、という思いもあるかもしれませんね」と商工会の事務局長、堀内幸司さん(60)は振り返る。

第1 弾として、ラッピングの乗り物のほか、ホッキ貝やトキシラズなど地元の食材を使ったお弁当「ルパン三世御膳」を開発。
4月1日に試食会を開いたのに続き、ゴールデンウイークには町内の3店舗でメニューに乗せるという。

さらに7月をめどに、ルパン三世で町おこしを図るための核となる施設を町の総合文化センター内に開設する意向だ。
すでに原画のコピーは展示してあり、キャラクターのフィギュアなどをそろえ、モンキー・パンチコレクションとして整備できたらという。

町では「年間35万人の観光客を5年後に40万人に増やしたい」(東海林さん)考えで、その呼び水としてルパン三世に期待するところは大きい。
ラッピング列車で協力するJR北海道も「地域が盛り上がらないと鉄道は成り立たない。浜中町さんが一生懸命なので、ルパン列車が少しでも貢献できるなら私どもとしてもうれしい」(矢崎義明釧路支社長)と、地域活性化の行方に注目する。

ところでこの浜中町、ルパン顔負けのすごいお宝があるという噂を聞いた。
何でも高級アイスクリームのハーゲンダッツと関係がある、というのだが、JR茶内駅近くの浜中町農協を訪ねると、「ハーゲンダッツの原料が浜中町の牛乳だと言うと、大多数の方は、えっ、と思われる。でも私どもの牛乳は、世界の中のオ ンリーワンだと自負しています」と自信満々の答えが返ってきた。

石橋榮紀(しげのり)組合長(72)によると、浜中町農協ではすでに昭和56年に酪農技術センターを設立。
管内のすべての牧場の土壌、餌、それに生乳のあらゆる分析、調査を行い、健康な牛から搾る安全で安心を担保できる牛乳を出荷してきたという。

「日本ではどこもやっていなかったが、アメリカの文献を見ていると、向こうではそこまでやっているのが分かっていた。品質を管理するにはそれをやらないとだめだと思い、デンマークやドイツから機械を入れて、3年かけて酪農技術センターを作りました。健康な土から健康な草が育ち、その健康な草を食べた健康な牛から、初めておいしい牛乳ができるんです」と石橋さんは強調する。

現在、管内には190戸の酪農家がいるが、牛乳生産量の7割弱をハーゲンダッツのアイスクリームに使用している。
また浜中町内に工場を構えるタカナシ乳業の人気商品「北海道4・0牛乳」も、この技術センターがあるからこそ実現できたという。
「うちでは一頭一頭、成分が全部わかるので、その高い脂肪分の牛乳だけを集めて作っているのが、この4・0です。ハーゲンダッツは全国で売られているし、うちの組合員はどこに行っても、このアイスの原料は自分たちの牧場の牛乳だと言える。みんな絶対の自信と誇りを持っていると思います」と石橋さん。

さらに好環境を作り出そうと、牛舎からの排水を発酵して肥料に変えるスラリーストアの整備を行い、この3月に全137基の設置が完了。
後継者の育成にも力を入れており、平成3年設立の研修牧場を巣立った34戸の新規就農者が、管内で牧場を経営している。

浜中町の酪農が最先端を走っているのはわかったが、ルパン三世とは関係がないな、と思ったら、意外な接点があった。
実は管内のすべての牧場に掲げられている看板に、モンキー・パンチさんによるイラストが描かれているのだ。
石橋組合長は「ヤチボウズなど霧多布湿原の植物や動物をモチーフにして描いていただいた。町を売り込むことにタブーはないので、町もいろんなことをやったらいい」とエールを送る。

4月1日のルパン列車出発式は、モンキー・パンチさんも出席して大いに盛り上がった。
町では8月にでもまた本人を呼んで、ルパン三世誕生45周年のフェスティバルを開きたいと考えている。

全国には「ゲゲゲの鬼太郎」の作者、水木しげるさんのふるさとの鳥取県境港市のように、漫画で町おこしに成功した例も多いが、浜中町役場まちづくり課の越田正昭課長(56)は「ルパンはあくまできっかけにすぎず、ルパンがいる町、ではなく、ルパンもいる町、が望ましい。この事業は2年、3年でできるとは思っていない。長く続けるには、形を変えて進化していくものにしないと。ストーリーは完結しないのがいいのかもしれませんね」と遠くを見つめた。
【藤井克郎】

産経新聞より

投稿者 trim : 2012年04月30日 15:32