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2006年11月07日
販売時に廃棄物認識か(石原産業)
石原産業(大阪市)の土壌埋め戻し材・フェロシルトをめぐる事件で、廃棄物処理法違反(不法投棄)容疑で逮捕された同社元取締役で元四日市工場副工場長の佐藤驍容疑者(69)=三重県鈴鹿市東磯山=が、2001年8月にフェロシルト販売を始める際、「三重県亀山市辺法寺町などに埋め立て処分をしなければならない」などと記した販売計画書を作成していたことが分かった。
三重、愛知、岐阜、京都の4府県警の合同捜査本部は「埋め立て処分」などの表現から、佐藤容疑者が販売当初からフェロシルトを産業廃棄物と認識していた可能性が高いとみている。
同社は当時、中部国際空港(愛知県常滑市)の埋め立て用土としてフェロシルト32万㌧を四日市工場内に備蓄していた。
計画書は佐藤容疑者らが8月8日に本社に発議。
本社の決裁を受け、同17日からフェロシルトの販売が始まり、4カ月後の12月には亀山市辺法寺町への投棄が始まった。
合同捜査本部は6日に逮捕した佐藤容疑者ら4人を7日、送検するとともに同法の両罰規定で、法人としての石原産業を書類送検する。
佐藤容疑者以外の3人は、石原産業総務部長の木下博(62)、同工場環境・安全・品質部部長補佐の宮崎俊(58)、子会社「石原ケミカル」取締役の石川達雄(63)の各容疑者。それぞれフェロシルトの生産や管理の責任者を務めていた。
佐藤容疑者は容疑をおおむね認めている。宮崎、石川両容疑者もほぼ認めているが、木下容疑者は容疑を否認しているとみられる。
調べでは、佐藤容疑者は同社関係者らと共謀し、フェロシルトを廃棄物と認識しながら、2001年12月から2003年1月ごろ約9,000回にわたり、中間業者を通じて三重県亀山市辺法寺町の茶畑などに約10万5,900㌧を捨てた疑い。
同所には2005年4月までに、約13万㌧が捨てられた。
12月1日に時効を迎える京都府の告発事実については、今月中に同容疑で佐藤容疑者ら4人を書類送検する見込み。
岐阜県の刑事告発などについても、年内の立件を目指す。
石原産業によるフェロシルト事件は、強制捜査に着手してからほぼ1年で、開発の中心人物だった同社四日市工場の元副工場長、佐藤驍容疑者らの逮捕となった。
産廃処理費用を浮かせるため、有害廃液を混ぜた商品を三重県認定のリサイクル製品として販売した前代未聞の事件。
石原産業側は「佐藤容疑者の独断だった」と主張する。
しかし、三重県警などの合同捜査本部は「企業犯罪に組織的関与がないはずはない」と、当時の工場長だった田村藤夫社長の立件を視野に捜査を進めてきた。
昨年11月の家宅捜索で四日市工場などから押収した資料の中に「本来あるべき資料がない」(捜査員)など、田村社長の関与を示す十分な証拠が得られず、捜査は長引いた。
捜査幹部は「佐藤容疑者だけなら今春にも逮捕できた」と語る。
田村社長の立件は見送られる見通しだが、強い毒性を含む72万㌧ものフェロシルトを各地に捨て、環境の悪化や住民不安を招いた事実に変わりはない。
酸化チタントップメーカーの同社は1960年代にも、硫酸廃液を港に垂れ流して四日市公害の一因となった。
廃棄物問題が絶えず付きまとうのは宿命とはいえ、再び環境への過ちを犯した社会的責任は免れない。
中日新聞より
投稿者 Melody : 2006年11月07日 17:33